向井康二の本名はタイ語表記で何?いつまでいたのかも解説!

「SnowMan」といえば、女性に大人気のアイドルグループですよね!

グループとしての活動はもちろんですが、各メンバーの活動も多種多彩で、モデルやドラマはもちろん、舞台やSASUKEまでこなす魅力的なメンバーが揃っています。

そんなSnowManのメンバーのなかで、向井康二さんといえば「お笑い担当」ともいうべき存在。

その抜群のトーク力をもってして、色々な番組で活躍しています。

そんな向井康二さんですが、生い立ちが特殊なことで有名です。

SnowManの向井康二さんはタイ人と日本人の両親のハーフだと知られています。

母親はタイ人で、軍人として活動していた経歴の持ち主なんですよね。

少年時代までタイに住んでいたことから、向井さんはタイ語を話すことができます。

そんなタイとゆかりのある向井康二さんの本名はタイ語でなんというのでしょうか?

タイで暮らしていたといっても、いつまでいたのか気になるところですよね。

そこで今回は、向井康二さんについて、タイ語表記で何という本名なのかを解説していきます。

さらに、いつまでいたのかも調査結果をまとめます。

 

向井康二の本名はタイ語表記で何?

向井康二の本名はタイ語表記で何?いつまでいたのかも解説!

本名についてはタイでも「向井康二」になります。

そして、「向井康二」をタイ語で表記すると「โคจิ มุคาอิ」です。

読み方はkhoci mu khāxと読むそうです。

タイ語表記でも、英語と同じように、名前・名字の順番になります。

顔だけ見てもハーフと言われないとわからない上に、名前を見てもハーフだとはわかりませんね。

 

タイでのあだ名がある

向井さん本人は舞台の現場で、ミドルネームは存在しないと話しています。

生まれも日本でお父様が日本人なので日本名のみしか付けなかったのでしょうか。

調べたところ、タイで生まれ育っていますが、向井康二さんのタイの名前はないことがわかりました。

一方で、タイでのあだ名はありました。

過去に「アモンチャイ」というあだ名で呼ばれていたと発言していました。

 

向井康二の家族構成は?

向井康二の本名はタイ語表記で何?いつまでいたのかも解説!

日本人の父親とタイ人の母親、兄の4人家族です。

以前雑誌の対談で、父親は畳屋だと明かしていました。

 

向井康二の母親は?

向井ハナさんという名前のタイ人です。

元軍人として働いていた経歴を持っています。

一般人なので顔写真は明らかになっていませんが、向井康二さんの出演番組に電話で出たことがありました。

向井康二さんは母親ととても仲良しで、今でもお母さんを「ママ」と呼んでいるんだそうです。

 

向井康二の兄弟は?

向井康二さんには2歳年上の兄がいて、名前は「向井達郎」さんといいます。

向井康二さんはお兄さんとも仲が良いということで、向井家は家族みんなが仲が良い家族だとわかりますね。

向井康二さんと達郎さんは、ムエタイジムの写真を見たジャニー喜多川さんに直接スカウトされました。

ジャニーズ事務所にはお兄さんも以前所属していて、「ムエタイ向井ブラザーズ」というユニットを兄弟で結成して3年ほど活動していました。

その後、達郎さんは一足先にジャニーズ事務所を退所しています。

 

向井康二はタイにいつまでいた?

向井康二の本名はタイ語表記で何?いつまでいたのかも解説!

1994年6月21日にタイで生まれた向井康二さん。

生まれて間もなく、1歳前後で日本に行きました。

タイに戻ったのは小学校入学頃のことで、その後小学校5年生頃までタイで過ごしました。

タイにいたのは6年ほどですが、転機が訪れたのが小学校2年生の時。

たまたまムエタイの道場に訪れたジャニー喜多川さんにスカウトされるという出来事がありました。

向井康二さんが母親とタイに帰り、その際ムエタイジムに行った時のことでした。

ジャニー喜多川氏がジムに飾ってあった向井康二さんの写真を見て、気になったのだといいます。

その後、日本に戻ったところ、スカウトの電話がジャニー喜多川氏からかかってきたそうです。

電話が来た後すぐは、母親がいたずら電話だと思って電話を切ってしまいましたが、ジャニー喜多川氏は5回ほど連絡をしたというエピソードもあります。

スカウトをうけた向井康二さんは、滝沢秀明さんのコンサートに呼ばれ、2006年10月8日にジャニーズ事務所に入りました。

小学校5年生11歳の時のことです。

2006年に入所してからは関西ジャニーズJr.として高い人気となった向井さん。

ムエタイ向井ブラザーズ、Little Gangsなどのユニットを経て、2019年にSnow Manの新メンバーになりました。

 

向井康二はタイのどこにいた?

バンコクに住んでいたようです。

詳しい場所は明らかになっていませんが、バンコクはタイの首都なので便利な街です。

向井康二さんは子供の頃に色々な習い事をしていたことでも知られています。

習い事は、ムエタイの他に、ダンス、サッカー、水泳、空手といったスポーツに加えて、文科系の習い事で書道、茶道などをしていたようです。

これだけの習い事をさせるとは、両親がかなり熱心だったこともわかりますね。

タイにいたときにすべてを習っていたのかは分かりませんが、バンコクなら便利なのでできるかもしれませんね。

小学校までタイにいたので、タイ語を話すこともできるんです。

 

まとめ

向井康二の本名はタイ語表記で何?いつまでいたのかも解説!

この記事では、人気アイドルグループSnowManの向井康二さんに関して、タイ語表記で何と呼ぶのか、そしていつまでいたのかも解説しました。

今や女性に大人気となっている「SnowMan」の向井康二さんですが、生い立ちが特別でもあります。

タイ人と日本人の両親に生まれたハーフで、タイに住んでいたこともあります。

そこで、タイ語ではなんという本名なのかを調査しました。

その結果、タイでも向井康二が本名だとわかりました。

タイにいつまでいたのかも調べたところ、日本への帰国もありましたが小学校5年生までタイにいたことがわかりました。